高市早苗が歴代の自民党総裁を超えた。8日投開票の衆院選挙で自民党は驚きの316議席を獲得。自民党一党だけで絶対安定多数を得ることになった。他方、選挙前は149議席を持っていた立憲民主党は中道改革連合を公明党と結成。議席の維持を狙ったものの、中道組織内では21議席(公明とあわせても49議席)。大物議員も続々と落選し、壊滅的な打撃を被った。だが、あまりにも自民党は勝過ぎた。勝過ぎた自民党は今後どうなっていくのか。
開票前から元立憲の議員たちの落選確実の報が伝えられていた。小沢一郎議員、安住淳共同幹事長、玄葉光一郎議員、枝野幸男議員、江田憲司議員、吉田晴美議員、岡田克也議員、馬淵澄夫議員、大串博志議員などなど、党を代表してきた幹部の名前が挙がっていた。しかも中道が選択した選挙戦術、旧公明議員を比例名簿の上位に遇するという作戦により、比例復活もままならない(比例重複を選択しなかった議員もいるが)と報じられた。
信念を曲げた立憲と禁じ手を使った公明が慌てて選挙対策のために作った中道改革連合に国民は怒りをぶつけた。「お前たちに政治を語る資格はない。この世から消えろ」と。
相手が勝手に転んだ感はあるものの、やはり勝利の原因は高市首相の自らの主張を貫くというケレンミのない振る舞いが中道の邪道的な在り方と比し強く受けたことがある。
さらに高市首相の手助けをしたのが習近平の中国だ。その理不尽な要求と行為に日本国民は怒りを持った。「中国人に食べさせるホタテはない」「迷惑行為をする中国人観光客は来なくて結構」、こんな声が列島に満ち溢れた。高市首相の毅然とした態度はジャイアンのいじめに真っ向から立ち向かう勇気ある健気な女性の態度として多くの国民から支持された。
こうした排外主義的な状況のもとで、ロシア、中国、北朝鮮に囲まれた日本の安全保障環境を守るには、高市首相の進める軍事力強化こそが唯一の道であるとの認識を若者は強く持った。高齢者の平和を希求する言葉には「あんたたちはもうすぐ死ぬけど、われわれはあと30、40、50年は生きていかなければならない」との返答が浴びせられた。頼りにならなかった自民党が高市首相のもとで生まれ変わり、強い外交を演出することでこの人についていくという風潮を作り出した。
争点だった物価高対策は、減税政策の競い合いにすり替えられた。自民党が維新との連携の上に、「2年間の消費税ゼロ」を掲げたことで、選挙では焦点ではなくなってしまった。財源まで考えたもっとも現実的なプランとして自民党・高市首相の提案がテレビなどでもてはやされた。円安を容認した「ホクホク」発言でさえ好感を持って受け止められた。まだ何もなしとげていないにも関わらず、高市政権は大きな成果をあげているとの錯覚を国民にもたらした。
「日本列島を強く豊かに」、高市首相とともに掲げられたポスターは、人々を魅了した。ユーチューブでは、首相の発言の再生回数は、ゆうに1億回を超えた。耳障りの良い言葉は日本の豊かな未来を約束する。まだ来ぬ未来に若者たちは夢を見た。
みずからの議席を守るために窮々とする中道が捨てられるのは当然のことだ。高市首相は、「国論を二分する政策に挑戦する」と選挙後、宣言した。改憲発議に必要な衆院議席を得たことに改憲に踏み出す強い意志を表明したのだ。来年の自民党総裁選に高市首相の対抗馬が出るかどうか分からないが、これだけ大勝に導いた高市首相に勝てる人材が自民党にいるとも思えない。28年夏の参院選を国民に改憲の信を問う選挙にするだろう。
高市・片山さつき(財務大臣)・小池百合子(東京都知事)、この女性三人組が今後の日本国をリードしていく。小池知事は自らが影響力を持つ都民ファーストに自民党への投票をうながした。選挙中に開かれた早苗・百合子、2人の会合は、都民に小池氏の自民支持を感じさせた。
昨年の参院選においては、国民民主党との共闘を行った都民ファは、今回は自民党に投票。東京30選挙区すべてが自民党という史上初の結果をもたらした。日本に残されたわずかな革新の拠点が、一夜にして保守の牙城へと生まれ変わった。こうした攻撃の前にヘナヘナと崩れ落ちたのが日本左翼だ。変わりゆく時代を先取りして時代の検証に耐えうる戦略を構築することが求められているにもかかわらず、手をこまねいて首を差し出した。累々たる元立憲議員たちの屍の上に、公明党は議席を維持し、中道改革連合は中道保守党になってしまった。共産党も議席は4。れいわと組むことしか、発言権もなくなる。
中道分裂といわれているが、もはや分裂するエネルギーも持っていないようにみえる。国民民主や参政とともに政府との政策協議に生き残る道を模索することしか、選択肢は残されていない。
なにやら戦前の大政翼賛会を彷彿とさせる日本の国会。「勝ちすぎた」という声もあるが、そんな声を吹き飛ばして、高市首相は前進する。
それが良いか、悪いのか。2026年国会冒頭解散総選挙をどのように評価するのか、いずれ歴史の審判が下されることになる。


