10月31日。その日、福岡地裁は緊張感に満ちていた。所得税法違反に問われた工藤会総裁の野村悟被告の初公判が行われるためである。
公判が行われる本館302号法廷の廊下には約350人弱の傍聴希望者が並んでいたが、一般に用意された席はわずか10席のため抽選が行われた。
そして、公判の開始時間の午後3時半ごろになると、マスコミの撮影などが行われ、それが終わるとマスコミの記者などが着席。午後3時40分ごろ、2人の屈強な刑務官に両脇を挟まれた手錠、腰縄姿の野村悟被告が入廷してきた。
2014年9月に逮捕され3年余。はじめて公の場に姿を現した。
傍聴席の家族にも入廷の際に一瞥をくれただけで、検察側、裁判長席に目を向けたままだ。紺色のスーツに真っ白なワイシャツ、初めて公の場に出ることを意識したものと思われる。
頭に白いものは目立つがそれ以外に拘禁生活の疲れを感じさせるものはない。肝臓を患っているという噂も囁かれていたが、顔色もよく被告席に座っている姿も背筋が伸びている。 遅れて金庫番とされる山中政吉被告も入廷(同罪で起訴)。山中被告は野村被告から離れた席に着席した。
弁護団、検事側はともに6名。
「木村博幹事長の公判では弁護士が2~3人だったはずですから、6人は多いですよね。こんなに人数が必要なのかなと思いましたが、そこはやはり総裁というところでしょうね」(担当記者)
公判はたんたんと進む。検察が起訴状を朗読。被告人の認否を裁判長が尋ねると、野村被告は「起訴状で私の収入や所得といわれているものは私のものではありません」と静かだがはっきりした口調で答えた。山中被告も「野村さんのものではありません」と答える。では工藤会のものということか、という裁判長の問いかけに「工藤会のものです」とこれもはっきりした口調で答えた。
冒頭陳述で、検察側は工藤会が建設業者、パチンコ業者などから集めたみかじめ料約8億1千万円を個人所得にしながら別人名義の口座に隠し、所得税3億2千万円を脱税したと述べ、工藤会に入るみかじめ料のうち、組の運営にあてられていたのは1割にすぎず、残りは最高幹部たちが自分のものとしていたと指摘。とくに野村被告は溝下秀男工藤会総裁が亡くなって以降は、6割以上を得ていたと述べた。
しかし、弁護側は冒頭陳述は意外だった。この事件が「法の前における平等」という考えから逸脱したものであることをまず指摘したのだ。「暴力団ということで、社会一般なら所得税違反にならない件で逮捕された。さらに15年前の事件で逮捕されるなど著しく不当な捜査である」と工藤会捜査の不当性を訴えたのだ。
「いや、いずれ捜査があまりにも差別的だということは主張するだろうとは思っていましたが、冒頭陳述からそこを指摘してくるとは思っていませんでした。検察は、工藤会は凶悪犯罪組織であるというイメージづくりをしていますが、それに対抗する意図があったのかもしれません」(同)
工藤会はこうした主張をするためだったのか、傍聴禁止令が出ていたようだ。
「警察を挑発することになるし、大勢で押しかければ騒動になりば、“やはり工藤会は極悪の暴力団だ”と宣伝される格好の材料になってしまいます。そのため傍聴には行くなという指示を現在の幹部が出したそうです」(事情通)
そういえば、たしかにスーツ姿の県警の刑事が入り口や裏口、法廷廊下など、あちこちで不審な者がいないか目らせていたが、思ったより警備が少なかった。
「どうも工藤会組員が傍聴に来ないという情報が入っていたようです。組員が大挙して押しかけてくるとなればあんなもんではないでしょう」(担当記者)
いささか拍子抜けでもあったが、公判も淡々と進んだ。
検察側から300点余りの証拠品が示された。その中には山中被告が所持していた、収支を記録したもの、といういわゆる“山中メモ”と思われるものもあった。弁護側不同意のものは、開示しなかったようだが、それは今後の証人尋問などで明らかにされることになるだろう。
「検察側は証人17人も用意しているそうです。元組員らも含まれていると思いますが、もしかすると建設業界やパチンコ業界の関係者もいるかもしれません。みかじめ料の実態がどこまで解明されるのか分かりませんが、興味深いものになるのではないかと思っています」(同)
野村被告の公判はまだまだ続く。今後10年、15年は続くだろう。野村被告の冷静な態度はその覚悟の証か、「ヤクザ」トップのプライドか。それともいつか態度を豹変させて凶悪性を露呈させてしまうのか。検察と工藤会の戦いははじまったばかりだ。
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