2018年7月21日、かつてない酷暑の中、肺がんと戦い、力つき、松本龍元衆議院議員が逝った。判明からわずか1か月有余だった。
民主党政権下で環境相、復興担当大臣を担った松本氏は、1951年5月生れ、67歳。あまりにも早い死であった。通夜、葬儀には2000人を超える弔問客が訪れた。花輪、香典、弔電に関しては残されたご家族の意向で辞退。会場で読み上げられたのは、安倍晋三内閣総理大臣からの心のこもった弔電だけだった。市民に寄り添うこと、特に弱者に寄り添うことをモットーとした松本氏の葬儀は、そのお人柄を映し出すような清々しいものであった。
松本氏は、旧社会党から1990年福岡1区で当選を果たし、2012年落選するまで連続7期に渡って代議士を務めた。民主党政権時代には、環境大臣、復興担当大臣を務め、九州政界の重鎮として活躍した。
祖父は部落解放運動の父といわれた松本治一郎元参議院副議長。
治一郎氏は、第二次大戦後、現在の国連の基底にある世界人権宣言の普及に寄与したことで有名。龍氏もこうした思想を受け継ぎ、常に弱者に寄りそう政治を展開してきた。
2010年には、国連の生物多様性条約第10回締約国会議では議長として、生物の遺伝資源の取得やその利益の取得から生じる利益の配分を定めた「名古屋議定書」の採択に尽力した。
東日本大震災の際には、復興担当大臣として復興の陣頭指揮にあたった。国難ともいえる未曾有の大規模災害の中で、各省庁があたふたする中で、まずは被災者のことを一番に考えることを根底においた不眠不休の活動を展開した。だが、死者は2万人に及び、東北、とりわけ三陸各地が壊滅的な打撃を受けひどい所では、町が消えるという事態、さらに津波に襲われた原子力発電所がメルトダウンし、放射能を広範囲にまき散らすという世界でも類をみない大惨事からの復興は、並大抵のものではなかった。
岩手・宮城両県を訪れて知事と会談した際に“知恵を出さないやつは助けない”、報道陣に“書いたら、もうその社は終わり”との発言ばかりが問題視され、就任9日目で辞任した。
「確かに発言はまずかったが、就任直後から、東北を丁寧に歩いて、根気よく被災者の言葉に耳を傾けていました。その中で役人の動きの鈍さに苛立つことも多かったようで、あのような発言が飛び出してしまったのです。同時に東北の惨状に絶望を感じ、どう復興させればよいか、と職務にのめり込むあまり、精神を病んでしまったのです」
辞任後、病の治療に努めたが、再発すれば精神が危ういという状況で2012年の衆院選挙への出馬を決意した。被災地への思いが松本氏を駆り立てたのだ。
この選挙ではマスコミが取り上げることなく、あまり知られていないが、選挙事務所には被災地東北の市町村長から為書きや檄布があふれるほどに寄せられた。ある村長は東北から駆けつけ、「九州の政治家である龍さんが東北の政治家よりも自分たちのために尽くしてくれた」と1区の選挙民に選挙カーから直接語りかけたことがあった。確かに問題発言はあったが、松本氏の本当の思いはちゃんと東北の人々に伝わっていたのだ。氏が、復興担当大臣としてどんなに大きな役割を果たしたのかを物語るエピソードだろう。
だが、被災地東北からの応援の声は選挙民には届かなかった。再発の危険性もいとわず、出馬した松本元衆議員の心も理解されなかった。
落選後の松本氏の脳裏から東日本大震災と被災した人々の声が消えたことはなかった。
世界は東日本大震災からの日本の復興を称賛する。だが、はじめの一歩を踏み出した龍さんの人生をかけた戦いは、舌禍事件とともに忘れられてしまっている。
通夜直前、福岡を豪雨と激しい雷が襲った。松本龍逝去という悲しむべき事態に天が応えたかのようだった。
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