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カテゴリ: 民進党

2019年01月25日(金)

「北九州市長選」北橋市長4選果たしても「待ち構える試練」

 27日投開票の北九州市長選挙では北橋健治市長の4選が確実視されているが、この選挙の争点となっているのが、「多選」と「下関北九州道路」だ。北橋市長は、この2つに異を唱えて初当選しているにもかかわらず、これをすべて反故にしている。特に「下関北九州道路」は地元負担金などの問題があるため、選挙後も大きな問題となりそうだ。

2018年09月11日(火)

「久留米」大久保市長との仲に亀裂!?本村会頭は失脚するか

最近、久留米市がザワついている。本村康人商工会議所会頭と大久保勉市長との仲に亀裂が入っているという。本村氏は大久保市長の誕生の立役者。二人は昵懇の仲だと思っていたのだが、一体なにがあったのか。どうやら久留米は地殻変動を起こしかけているようだ。

2018年07月24日(火)

哀悼 松本龍元衆議院議員

 2018年7月21日、かつてない酷暑の中、肺がんと戦い、力つき、松本龍元衆議院議員が逝った。判明からわずか1か月有余だった。

 民主党政権下で環境相、復興担当大臣を担った松本氏は、1951年5月生れ、67歳。あまりにも早い死であった。通夜、葬儀には2000人を超える弔問客が訪れた。花輪、香典、弔電に関しては残されたご家族の意向で辞退。会場で読み上げられたのは、安倍晋三内閣総理大臣からの心のこもった弔電だけだった。市民に寄り添うこと、特に弱者に寄り添うことをモットーとした松本氏の葬儀は、そのお人柄を映し出すような清々しいものであった。

 松本氏は、旧社会党から1990年福岡1区で当選を果たし、2012年落選するまで連続7期に渡って代議士を務めた。民主党政権時代には、環境大臣、復興担当大臣を務め、九州政界の重鎮として活躍した。

 祖父は部落解放運動の父といわれた松本治一郎元参議院副議長。

 治一郎氏は、第二次大戦後、現在の国連の基底にある世界人権宣言の普及に寄与したことで有名。龍氏もこうした思想を受け継ぎ、常に弱者に寄りそう政治を展開してきた。

 2010年には、国連の生物多様性条約第10回締約国会議では議長として、生物の遺伝資源の取得やその利益の取得から生じる利益の配分を定めた「名古屋議定書」の採択に尽力した。

 東日本大震災の際には、復興担当大臣として復興の陣頭指揮にあたった。国難ともいえる未曾有の大規模災害の中で、各省庁があたふたする中で、まずは被災者のことを一番に考えることを根底においた不眠不休の活動を展開した。だが、死者は2万人に及び、東北、とりわけ三陸各地が壊滅的な打撃を受けひどい所では、町が消えるという事態、さらに津波に襲われた原子力発電所がメルトダウンし、放射能を広範囲にまき散らすという世界でも類をみない大惨事からの復興は、並大抵のものではなかった。

 岩手・宮城両県を訪れて知事と会談した際に“知恵を出さないやつは助けない”、報道陣に“書いたら、もうその社は終わり”との発言ばかりが問題視され、就任9日目で辞任した。

「確かに発言はまずかったが、就任直後から、東北を丁寧に歩いて、根気よく被災者の言葉に耳を傾けていました。その中で役人の動きの鈍さに苛立つことも多かったようで、あのような発言が飛び出してしまったのです。同時に東北の惨状に絶望を感じ、どう復興させればよいか、と職務にのめり込むあまり、精神を病んでしまったのです」

 辞任後、病の治療に努めたが、再発すれば精神が危ういという状況で2012年の衆院選挙への出馬を決意した。被災地への思いが松本氏を駆り立てたのだ。

 この選挙ではマスコミが取り上げることなく、あまり知られていないが、選挙事務所には被災地東北の市町村長から為書きや檄布があふれるほどに寄せられた。ある村長は東北から駆けつけ、「九州の政治家である龍さんが東北の政治家よりも自分たちのために尽くしてくれた」と1区の選挙民に選挙カーから直接語りかけたことがあった。確かに問題発言はあったが、松本氏の本当の思いはちゃんと東北の人々に伝わっていたのだ。氏が、復興担当大臣としてどんなに大きな役割を果たしたのかを物語るエピソードだろう。

 だが、被災地東北からの応援の声は選挙民には届かなかった。再発の危険性もいとわず、出馬した松本元衆議員の心も理解されなかった。

 落選後の松本氏の脳裏から東日本大震災と被災した人々の声が消えたことはなかった。

 世界は東日本大震災からの日本の復興を称賛する。だが、はじめの一歩を踏み出した龍さんの人生をかけた戦いは、舌禍事件とともに忘れられてしまっている。

 通夜直前、福岡を豪雨と激しい雷が襲った。松本龍逝去という悲しむべき事態に天が応えたかのようだった。

 

2018年05月15日(火)

安倍首相「自民党総裁3選」を阻む!?「小泉前首相」の新潟講演

 森友文書改ざん、財務省次官のセクハラ、加計学園をめぐる数々の疑惑など、サンドバック状態の安倍政権。安倍首相は自民党総裁3選の野望を持っているが、それが叶うかどうかを占うもっとも重要なイベントが、援助交際で辞任した米山知事の後釜を選ぶ新潟県知事選だ。原発再稼働賛成派を推す自民党だが、思わぬ“敵”が現れた。小泉元首相だ。

2017年12月01日(金)

混迷必至!?「久留米市長選」中西氏が出馬を辞退したワケ

 久留米市長選挙(来年1月投開票)に出馬を表明していた中西博紀氏が立候補を辞退した。他の3人の候補から出遅れていたものの、医師会の一部やJAにも浸透し、久留米財界の本村商工会議所会頭反対派を取り込み、存在感を増しつつあった矢先の出馬辞退だけに波紋を呼んでいる。

2017年11月10日(金)

「久留米市長選」出馬表明者に自民党が「推薦」を出しにくいワケ

 来年の1月末、久留米市長選挙が行われるが、現職の楢原利則市長が実質上不出馬を表明。現在、出馬表明しているのが、元民主党参議員の大久保勉氏、前回も出馬した宮原信孝氏、国会議員の秘書経験がある経営コンサルタントの中西博紀氏、海外勤務経験がある田中稔氏の4人だ。全員が無所属での出馬だが、このうち大久保、中西、宮原の三氏は自民党に推薦願いを出しているが、県連のアクションはまだない。どうやらその背景には福岡県連との微妙な関係があるようだ。

2017年11月07日(火)

「総選挙」勝利でも身内から噴出する「鬼木議員」への悪評

 先月22日に投開票が行われた総選挙だが、激戦区はなんと言っても2区、自民党公認の鬼木誠氏VS希望の党公認の稲富修二氏の戦いだった。自民党にとって2区は天王山。絶対落とせないとして総力戦で勝利を掴み取ったわけだが、自民党はシラケムード。称賛の声どころか悪評しきりのなのだ。それも身内からというから深刻である。

2017年10月24日(火)

2017年総選挙総括「福岡県小選挙区」で自民党が独占したワケ

 総選挙が終わった。結果は、自民党の圧勝。定数が10減ったにもかかわらず、自民党はひとつも議席を減らさず284議席を確保。福岡県でも全11選挙区をすべて制した。しかし、2区、9区、10区は自民党が負けると言われていた。それがなぜ全勝となったのか。そこにはやはり希望の党、小池百合子代表の戦略ミスが影を落としていた。

2017年10月06日(金)

「衆院選」希望の党の風が止む!?見えてきた「福岡の選挙区」」情勢

 これほど日々刻々と政治情勢が変わるのも珍しい選挙だ。福岡県内の選挙情勢もコロコロと変わっていたが、ようやく落ち着いてきた。そこで見えてきたのが、あれだけ強く吹いていた希望の党の風が、ピタリと止まってしまったことだ。

2017年10月03日(火)

旧「民進党」大混乱にかかわらず11区「武田議員」を脅かす「反武田包囲網」

 ここのところ、当サイトも政治に関する記事ばかりで恐縮だが、やはり政治がここまで二転三転すると取り上げざるをえない。さんざん報道されているが、民進党、希望の党は大混乱。そのおかげで自民党の優位性は大きく揺らぐということはなさそうだ。だが、そんな中、危険視されているのが、選挙にはめっぽう強い11区の武田良太議員というから驚く。

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